「ずっと好きでした」とか、書けたらいいんだろうけど。

「第二ボタン下さい」とか、言えたらいいんだろうけど。

・・あたしにはそんな勇気ない。教室の真ん中で友達に囲まれている彼に近付く度胸すら、ない。

教室の隅っこで百合ちゃんの卒業アルバムに寄せ書きしながら、あたしはぼうっと彼を見つめる。

 

「ねえ百合ちゃん?」

「何?」

、いつになったら一人になるのかな。」

「・・ならないでしょ、アイツは。」

「だよねえ。」

「・・、アンタね。そんな顔するんだったら思い切って今行っちゃいなさいよ。」

「できたら苦労しないもん。」

「もん、って、アンタ。・・知らないわよ、もう二度と会えなくなっても。」

 

二度と、会えなくなる、だろうな。

は東京に行く。

 

一人暮らしなんだぜ、俺。やーっと自分の部屋持てる。つーか、全部俺の部屋か。

そう言って笑ってた。弟とのルームシェアともおさらばだ、って。

 

「・・東京、広いのかな。」

「さあね。面積にしたらこっちの方が断然広いわよ。」

「可愛い女の子、いっぱいいるよね。」

「さあ。」

「だって、雑誌に載ってる女の子とか、みんな東京の人だよ。」

「その雑誌が東京で作られてるからでしょ。地方出身の人だっているわよ、中には。」

 

はい、と百合ちゃんがあたしのアルバムを机に置いた。

 

最後に書かせて、と言い出したのは百合ちゃんだった。にしか見られたくないでしょ、って。

百合ちゃんも東京に出て行く人の一人だ。

小さい頃からずっと一緒だったから、これからは隣に百合ちゃんがいないんだと思うと何だか変な感じがする。

 

「百合ちゃんも東京人になっちゃうのかなあ。」

「何よ、トウキョウジンって。ならないわよ、そんな宇宙人みたいなの。」

「・・帰ってくるよね?」

「帰ってくる、手紙も出すわ。メールも電話もあるでしょ。」

「・・ずっと友達でしょ?」

「当たり前でしょ、今更何言ってるの。・・そういうの全部、寄せ書きに書いたから。

 あー、今読むのやめてよ、恥ずかしいでしょ!何のために最後に書いたと思ってるの、バカ。」

 

家で見なさい、家で。

そう言って百合ちゃんはアルバムを開こうとしたあたしの右手をぺちっと叩いた。

 

あたしも百合ちゃんにアルバムを渡しながら、ふと良い言い訳を思いついた。諦めきれない自分を騙すための、言い訳。

そんなものに利用してごめんね、と心の中で百合ちゃんに謝って、鞄を拾い上げる。

 

「・・帰ろうか、百合ちゃん。」

 

あたしの言葉に、案の定百合ちゃんは渋い顔をした。

 

「いいの、ホントに。」

「・・うん。ほら、百合ちゃんの寄せ書き早く見たいし。」

「後悔するよ。」

「・・でも、百合ちゃんの寄せ書き、見られちゃうの、ダメだし。」

「・・。」

 

百合ちゃんにこうやって名前を呼ばれるのは苦手。

決意したのに、流されそうになるから。また、迷ってしまうから。

のそれは決意って言わないの。それこそ、流されてるだけだわ。百合ちゃんそう言われたのはいつのことだったか。

 

「・・どうせもう会えないんだし、変わんないよ。」

 

東京には人がたくさんいるらしい。

大きな大きなビルにまみれて、みんな何かに追われるように歩いているらしい。

たくさんの人に流されて、も忘れていくんだろう。この町のことも、あたしのことも、みんな。

だからあたしも、のことは忘れる。半ば自分に言い聞かせるようにあたしは呟く。

 

「もう、のことは忘れるからいいの。」

 

百合ちゃんは複雑そうな顔をしていた。でもあたしに倣って鞄を肩に掛けて立ち上がってくれた。

百合ちゃんとは本当に長い付き合いだ。百合ちゃんはあたし以上にあたしのことを理解してくれている。

 

 

「あれー、仙崎と、もう帰るの?」

「帰るよ、準備もあるし。長田はまだ残んの?」

「残るっつーか帰れねーや。まだがオレのアルバム書いてるし。」

「そっか。じゃあまたね。」

「おう、準備頑張れよ!もじゃーな!」

「うん、またね長田くん。」

 

の近くに戻っていく長田くんに軽く手を振って教室を出る。

長田くんが少しだけ羨ましい。の側に行けて、寄せ書きを書いてもらえる。

二人は友達なんだから当たり前なんだけど。こんなことを考えてる自分が何だかイヤになる。

 

 

 

、」

 

隣を歩いてた百合ちゃんが急に立ち止まってあたしの名前を呼んだ。

 

「なあに百合ちゃん。」

「忘れ物した、教室戻るから先行っててよ。」

「ついてくよ?」

「いい、すぐ戻るから。」

「でも、」

 

一緒に帰るの、最後だし。そう言おうとしたあたしの声を遮るように、百合ちゃんが背中を押す。

 

「いいからいいから。昇降口で待ってて、ね。」

 

ほら、ともう一度背中を押されてあたしは渋々歩き出した。

ぱたぱた、百合ちゃんが走っていく音がどんどん遠くになっていく。

 

それにしても、しっかり者の百合ちゃんが忘れ物なんて珍しい。

いつもはあたしが忘れ物する方で、百合ちゃんはその度に呆れ顔だった。アンタは昔から成長しないわね、って。

でも何だかんだ言いながらいっつもついてきてくれた。

部活が終わった後、真っ暗な教室にお弁当箱を取りに行った時も。

家までほとんど着きかけてた時に、次の日提出のノートを取りに行った時も。

 

(・・やっぱり、ついていこう。)

 

今までの恩返し、というワケではないけど。

そう思って振り返ると、誰かが走ってきていた。百合ちゃん、じゃない。男の子。

 

!」

 

ボタンがほとんどなくなった学ランに、履き潰した上履き代わりのスニーカー。右手には太めの油性マーカー。

 

「・・?」

「おう、俺以外に誰がいんだよ。」

「百合ちゃんだと思って。」

 

どうしてここに、と聞こうとして、止めた。

聞いても惨めなだけだもの。通りかかっただけ、とか、そういう返事がくるに決まっていたから。

 

「あのさ、俺、お前のアルバムに寄せ書き、書いてないだろ?」

「え、うん。そうだね、あたしもの書いてないし。」

 

なんだろ、いきなり。

心ここにあらずだったあたしはいきなりのの質問に驚きながらも頷いた。

 

「書かせて。マーカー持ってきたからさ。」

 

右手に持った油性マーカーを振りながらが笑う。

 

「あ、うん。ありがと。」

 

鞄から卒業アルバムを取り出しながらあたしは自分の左手を強くつねった。

・・い、痛い。地味に痛い!でも痛いってことは夢じゃない、んだよね?

ぜってー見んなよ!とに念を押されて、あたしはしょうがなく後ろを向いた。

 

「・・はさ、」

「うん。」

「この町、出ないんだよな。」

「・・うん。」

「寂しいだろ、仙崎と離れるの。」

「・・うん、寂しいと思う。」

 

寂しいと思う、自分で言いながらなんだか曖昧な表現だと思った。

百合ちゃんとはずっと一緒だった、いつも、どんな時でも。

そんな百合ちゃんと離れることが、寂しくないはずがない。

でも。実感がわかないんだ、どうしても。

あと少しで、あたしの隣から百合ちゃんがいなくなるんだってことが。

 

は寂しくないの?」

「・・どうだろうな。正直俺もわかんねえや。でも、」

 

はい、とあたしの前に回ったがあたしにアルバムを渡す。

開こうとしたら止められた。俺のいないとこで見ろよ、恥ずかしいだろ、って。

 

「俺、戻ってくるって決めてるから。だから多分、そんなに寂しくねーや。」

 

の夢は教師になることらしい。教師になって母校に戻ってくるのだそうだ。

将来への確固とした意志。あたしにはそんな大層なものはない。ただ、周りに流されるように地元の短大を受けた。

本当に流されているのはあたしだ。はきっと流されない。東京にいても、たくさんの人にまみれても。

そう思うと何だかすっきりした。は忘れない。この町のことも、あたしのことも、みんな。

 

「待ってるね、此処で。が帰ってくるの。」

「おう。じゃあ、俺教室戻るわ。まだオサの寄せ書き途中だし。」

 

オサ、というのは長田くんのこと。まだ書いてるんだ、そう思うと同時に一つの疑問が浮かぶ。

 

!」

 

走り去ろうとしてるを呼び止める、というより、呼び止めてしまった。

・・何を聞こうとしてるの、惨めになるだけかもしれないのに。

何でも自分の中で決め付けるの、の悪い癖よ。百合ちゃんの言葉が甦って、あたしの背中を押す。

 

「なんのために、こんなとこまで来たのー?」

 

振り向いたがマーカーを高く上げるのが見えた。

 

「アルバム見ろよ、わかるから!でも誰にも見せんじゃねーぞ!」

 

寄せ書きのページを開く。百合ちゃんの長い長い寄せ書きから少し離れたところに、の字。

当たり障りのない話題の後に続く“P.S.”の文字。

 

 

 

のんびり歩いてる百合ちゃんとすれ違った。

笑顔の百合ちゃん。何だか全てを知ってるような顔をしていた。

 

も忘れ物?」

「うん、ちょっと、行かなくちゃ!」

 

走っていたせいで息が切れる。

百合ちゃんはふわっと笑っていつもの一言を口にした。アンタは昔から成長しないわね。

 

「百合ちゃんは、何を忘れてきたの?」

「鈍感男の手伝いをするのを忘れてたの、それから、」

 

アンタがした忘れ物、気付かせてあげるのも、ね。

そう言って百合ちゃんは笑って、そんなことより、と言葉を続けた。

 

「昇降口で待ってるから、行ってらっしゃい!」

 

ぽん、あたしの背中を押す百合ちゃんの手。いつもの、あったかい百合ちゃんの手。

ありがと、行ってきます、そう言って走り出す。数メートルも行かないうちに、と百合ちゃんが叫んだ。

 

「忘れ物!」

 

綺麗に放物線を描いて飛んでくる油性マーカー。

それを右手でキャッチして、あたしはまた走り出す。

 

ねえ、あたしもまだのアルバムに寄せ書き、書いてないでしょ?

だから今から書きに行くね、があたしのところに来てくれたように。

 

 

 

 

 

P.S. ずっと好きでした

 

 

 

 

 

by Ayuna**

“卒業と上京”をテーマに書いてみました。
ぐだぐだ長くてわかりにくいですよね、ごめんなさい。

今回はちゃんと百合ちゃんの友情も重視して書いたつもり。
友達は宝です。姉御肌百合ちゃんバンザイ。

わかりにくすぎるので少し説明を。
くんとちゃんは両想いなんだけどお互いにちょっと勇気がない。
百合ちゃんはそれを知っていて、わざわざ教室に戻りましたよーという感じ。
・・文才が欲しいです。